東京地方裁判所 平成2年(ワ)12767号 判決 1991年8月30日
原告
田中信洋
被告
佐川信夫
ほか一名
主文
一 被告佐川信夫は、被告佐川カツ子と連帯して、原告に対し、五九一三万一二七二円及び内金五四一三万一二七二円に対する昭和六三年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告佐川カツ子は、一項の限度で被告佐川信夫と連帯して、原告に対し、五九二七万四七七二円及び内金五四二七万四七七二円に対する昭和六三年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
三 原告のその余の請求をいずれも棄却する。
四 訴訟費用はこれを三分し、その二を原告の、その余を被告らの各負担とする。
五 この判決は、原告勝訴の部分に限り、仮に執行することができる。
事実
第一当事者の求める裁判
一 請求の趣旨
1 被告佐川信夫は、被告佐川カツ子と連帯して、原告に対し、一億九七一〇万六三二九円及び内金一億七九一六万八九三六円に対する昭和六三年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
2 被告佐川カツ子は、1項の限度で被告佐川信夫と連帯して、原告に対し、一億九七三一万一三二九円及び内金一億七九三七万三九三六円に対する昭和六三年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。
3 訴訟費用は被告らの負担とする。
4 仮執行の宣言
二 請求の趣旨に対する答弁(被告ら共通)
1 原告の請求を棄却する。
2 訴訟費用は原告の負担とする。
第二当事者の主張
一 請求原因
1 事故の発生
(一) 昭和六三年二月二〇日午後九時二四分ころ、原告は、自動二輪車(以下「原告車」という。)を運転して国道一六号線を千葉市今井方面から同市塩田町方面に向けて進行していたが、同市蘇我町一丁目四七番地先の交差点(以下「本件交差点」という。)に差しかかり、同交差点を直進しようとしたところ、反対方向から進行してきて同交差点において右折進行しようとした被告佐川カツ子(以下「被告カツ子」という。)運転の普通乗用自動車(以下「被告車」という。)に衝突された(以下「本件事故」という。)。
(二) 原告は、本件事故により、右下腿骨骨折、外傷性くも膜下出血、右前腕骨折、右尺骨骨折、第六胸椎骨折、胸髄損傷の傷害(以下「本件傷害」という。)を受けた。
2 被告らの責任
(一) 被告佐川信夫(以下「被告信夫」という。)は、被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であるから、自動車損害賠償保障法(以下「自賠法」という。)三条本文に基づき、原告が本件事故により被つた後記人的損害(3(二)(1)ないし(10)の損害)を賠償すべき義務がある。
(二) 被告カツ子は、前記のとおり、被告車を運転し、本件交差点において右折進行しようとしたものであるが、このような場合、自動車運転者としては、当該交差点において直進し、又は左折しようとする車両等の進行妨害をしてはならない注意義務があるものというべきである(道路交通法三七条。)しかるに同被告は、これを怠り、本件交差点の中心付近で一時停止した後、右折を開始するにあたり、対向車線を直進してくる原告車があることを認識しながら、同車よりも先に右折を完了できるものと軽信し、漫然と右折進行した過失により本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。
3 原告の損害
(一) 治療経過及び後遺障害
(1) 原告は、本件傷害について次のとおりの治療を受けた。
ア 千葉脳神経外科病院
本件事故直後救急車で搬入されたが、高度治療を要するため応急処置のみで転院した。
イ 千葉県救急医療センター
昭和六三年二月二〇日から同年三月九日まで一九日間入院
ウ 千葉労災病院
昭和六三年三月九日から平成元年二月七日まで三三六日間入院し、平成元年五月六日以降も現在に至るまで定期的な経過観察を受けている。
エ 国立療養所箱根病院
昭和六四年一月五日に一日通院した後、平成元年二月八日から同年四月二九日まで八一日間入院
(1) 原告は、本件傷害について右のとおりの治療を受けたが、平成元年一月二六日、第七胸髄以下の完全麻痺による両下肢の運動・知覚障害、膀胱直腸障害の後遺障害(以下「本件後遺障害」という。)を残して症状が固定した。このため原告は、同日以後、学業を続けるのはもちろんのこと、日常の起居動作にも重大な支障を来し、終生車いすによる生活を余儀なくされることとなつた。したがつて、その内容・程度に照らせば、原告の本件後遺障害は、自賠法施行令二条別表後遺障害別等級表(以下「自賠法施行令等級表」という。)の一級に該当するものというべきである。
(二) 原告の損害額
(1) 治療費 一八四万二一三五円
原告は、本件傷害の治療費として一八四万二一三五円の支払を要した。
(2) 入院雑費 五二万二〇〇〇円
原告は、その入院期間中、雑費として少なくとも五二万二〇〇〇円の支払を要した。
(3) 通院及び転院費用 一万六三六〇円
原告は、前記千葉労災病院から国立療養所箱根病院への転院費用及び昭和六四年一月五日の国立療養所箱根病院への通院費用として、それぞれ八一八〇円(千葉・東京間の交通費六一〇円、東京・小田原間の交通費三四八〇円の合計四〇九〇円の一往復分)の支払を要した。
(4) 近親者通院費用 一八万一八〇〇円
原告の家族は、原告が千葉県救急医療センター及び千葉労災病院に入院していた昭和六三年二月二〇日から平成元年二月七日までの間、原告の洗濯物等の世話のため少なくとも週一回の通院を余儀なくされ、往復の交通費として一回あたり二〇〇〇円、五〇回で一〇万円の支払を要した。また、原告が国立療養所箱根病院に入院していた平成元年二月八日から同年四月二九日までの間につしても、右同様少なくとも週一回の通院を余儀なくされ、往復の交通費として一回あたり八一八〇円、一〇回で八万一八〇〇円の支払を要した。
(5) 症状固定後の付添介護費 八三三四万三五七八円
前記のとおり、原告は、本件後遺障害を残して症状が固定したため、日常の起居動作にも重大な支障を来し、終生車いすによる生活を余儀なくされることとなつたが、原告の家族、特に両親は共に外に出て稼働しているため、原告が日常生活をするためには、家族のほかに職業付添人による常時介護が必要である。これを原告の日常生活に沿つて具体的に述べると、<1>朝起きると、まずベツドで排尿を行うが、尿は、尿帯にとつた上で家族が廃棄する。その後、家族に抱えられて車いすに移り、家族がベツドのシーツ等の交換を行う、<2>その後、トイレに行つて排便を行うが、第七胸髄以下が完全に麻痺しているため、自力では排便を行うことができず、家族に浣腸をしてもらつて排便を済ます、<3>その後、家族に手伝つてもらつて着替えをするが、その際に尿収器を装着する、<4>その後、家族の者はいずれも出勤し、午前九時に付添人が来るので、同人の看護のもとに食事を摂る、<5>昼食後尿収器に尿が溜まつていれば、これを捨てる、<6>夕食後風呂に入るが、その際は、あらかじめ衣服を脱がしてもらつて車いすで風呂場まで行き、付添人又は家族の介護のもとに入浴、洗髪等を済ませ、ベツドの上まで運んでもらう、<7>その後、ベツドの上で自己導尿を行うが、導尿してもらつている間に尿収器を家族に洗つてもらい、翌日までタオルに入れて乾かす、<8>就寝の際には、腰の下に床ずれを防止するための棒座を家族に入れてもらう、<9>夜中にも、家族が起きて原告の装着している尿帯を交換する、等であるが、このような状態は終生継続するものと考えられる。
これに要する費用は、<1>症状固定日の平成元年一月二六日から同年一〇月一一日までの二五九日間について、原告の家族による付添介護費として日額四五〇〇円の割合で一一六万五五〇〇円、<2>同月一二日から平成三年六月三〇日までの間の職業付添人費(昼間のみ)として三八七万二四九一円、<3>平成元年一〇月一二日から平成三年七月一一日までの六三八日間(夜間のみ)について、原告の家族による付添介護費として日額二〇〇〇円の割合で一二七万六〇〇〇円、<4>平成三年七月一二日以後の原告の平均余命年数である五二・九二年間については、<2><3>の年間総費用三〇四万九三〇〇円を基礎に、新ホフマン方式(係数二五・二六一四)により中間利息を控除した七七〇二万九五八七円であり、その総額は八三三四万三五七八円である。
(6) 家屋改造費 八六五万一二〇〇円
原告は、本件後遺障害を残したことにより、前記のとおり、日常の起居動作にも重大な支障を来し、終生車いすによる生活を余儀なくされることとなつたが、従前の家屋では、その構造上、車いすを使用することもできなければ、洗面、食事、排便、睡眠等、基本的な日常の起居動作を行うこともできなくなつたため、家屋の建替えを余儀なくされた。右建替えに要した費用の合計は一七三〇万二四〇〇円であるところ、少なくともその五〇パーセントに相当する八六五万一二〇〇円は、本件事故と相当因果関係のある損害として被告らが賠償すべきものである。
(7) 休業損害 一九二万八八二三円
原告は、昭和四二年一〇月二日生まれの男子で、本件事故当時、千葉県立千葉高等学校の定時制三年に在学し、昼間は有限会社津田屋商店に勤務して本件事故前の三か月間に合計四二万二四〇〇円の給与の支払を受けていたが、本件事故に遭遇して本件傷害を受けたため、本件事故日である昭和六三年二月二〇日から同校を卒業する予定の平成元年三月三一日まで全く稼働することができず、右給与の支払を受けることができなかつた。右期間中の原告の休業損害を日額四六九三円として計算すると、その額は一九二万八八二三円となる。
(8) 後遺障害による逸失利益 八四五五万一四九五円
原告の本件後遺障害は、前記のとおり、自賠法施行令等級表の一級に該当するものであるが、原告は、本件事故に遭遇することがなければ、高等学校卒業後の平成元年四月一日から平成三年七月一二日までの期間については、賃金センサス平成元年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高等学校卒・一八歳ないし一九歳の平均賃金額である二〇四万九五〇〇円を下らない年収を得ることができたものであり、また、平成三年七月一三日から原告が六七歳に達するまでの四三年間については、賃金センサス平成元年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高等学校卒・全年齢の平均賃金額である四五五万二三〇〇円を下らない年収を得ることができたものであるから、それぞれ右金額を基礎に、ライプニツツ方式により中間利息を控除して前記後遺障害による原告の逸失利益を算定すると、その額は八四五五万一四九五円となる。
(9) 傷害慰藉料 三〇〇万円
原告は、本件傷害の治療のために長期間の入通院を必要としたが、これによる精神的苦痛を慰藉するためには少なくとも三〇〇万円の支払を要する。
(10) 後遺障害慰藉料 二二〇〇万円
本件後遺障害による原告の精神的苦痛を慰藉するためには少なくとも二二〇〇万円の支払を要する。
(11) 物損 二〇万五〇〇〇円
原告車は本件事故により破損し、いわゆる全損状態となつたが、本件事故時の原告車の価額は二〇万五〇〇〇円であるから、この額が損害額となる。
(12) 損害の填補 二六八六万八四五五円
原告は、本件事故による人的損害の一部として、被告らから二六八六万八四五五円の支払を受けた。
(13) 弁護士費用 一七九三万七三九三円
4 よつて、原告は、(一)被告信夫に対しては、被告カツ子と連帯して、一億九七一〇万六三二九円及びこれから弁護士費用相当額を控除した内金一億七九一六万八九三六円に対する本件事故の日である昭和六三年二月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、(二)被告カツ子に対しては、右金額の限度で被告信夫と連帯して、一億九七三一万一三二九円及びこれから弁護士費用相当額を控除した内金一億七九三七万三九三六円に対する同じく昭和六三年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
二 請求原因に対する認否(2項を除き、被告ら共通)
1 請求原因1(事故の発生)の事実は認める。
2(一) 被告信夫
同2(被告らの責任)(一)の主張のうち、被告信夫が被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは認めるが、同被告が原告に対し損害賠償義務を負う旨の主張は争う。
(二) 被告カツ子
同2(被告らの責任)(二)の主張は争う。
3 同3(原告の損害)の主張のうち、(12)は認め、その余は不知。
三 抗弁(過失相殺、被告ら共通)
本件事故の発生については、原告にも次のとおりの過失があるので、損害賠償額の算定にあたつては、原告の右過失を斟酌すべきである。すなわち、原告は、原告車を運転して国道一六号線を千葉市今井方面から同市塩田町方面に向けて進行していたのであるが、原告が本件交差点に差しかかつたときには、既に被告車が右折を開始していたのであるから、このような場合、原告車を運転する原告としても、被告車の動静に注意し、適宜減速する等の措置を講ずべき注意義務を負つていたものというべきである。しかるに原告は、これを怠り、被告車の動静に注意することなく、かつ、制限速度をはるかに超過する速度で本件交差点に進入した過失により、既に右折を完了する直前の状態にあつた被告車の左後部ドア付近に衝突して本件事故に至つたものである。
四 抗弁に対する認否
抗弁の主張は争う。
第三証拠
証拠の関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録各記載のとおりであるから、これをここに引用する。
理由
一 請求原因1(事故の発生)の事実は当事者間に争いがなく、右争いのない事実に、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第二九ないし第四一号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、本件事故の態様等は次のとおりであると認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
1 本件事故のあつた本件交差点は、千葉市塩田町方面から同市今井方面に通じる国道一六号線と、同市若草方面から本件交差点に通じる道路とが丁字型に交わる交差点であり、信号機による交通整理が行われている。国道一六号線は、幅員約二・二メートルの中央分離帯で区分された片側各二車線の車道部分と、その東側に設けられた歩道部分とからなつており、このうち車道部分の幅員は、今井方面から塩田町方面に向かう南行の二車線(以下「南行車線」という。)が合計約七メートル(一車線につきそれぞれ約三・五メートル)であるのに対し、塩田町方面から今井方面に向かう北行の二車線(以下「北行車線」という。)は、本件交差点の今井方面側で合計約六・五メートル(路肩よりの第一車線が約三・二メートル、中央分離帯よりの第二車線が約三・三メートル)、塩田町方面側で合計約八・四メートル(路肩よりの第一車線が約二・九メートル、中央分離帯よりの第二車線が右折用レーンを含み約五・五メートル)である。国道一六号線は、本件交差点付近において最高速度が毎時五〇キロメートルに制限されているが、街路灯により夜間でも比較的明るく保たれており、北行車線、南行車線とも互いに対向車線の見とおしは良好である。
2 被告カツ子は、昭和六三年二月二〇日午後九時二四分ころ、被告車を運転して国道一六号線の北行車線を千葉市塩田町方面から本件交差点に向けて進行していたが、同交差点において右折するため、右折の合図を出した上、北行車線のうちの第二車線に設けられた右折用レーンの先頭付近で一時停止し、対向する南行車線を進行する車両等が途切れるのを待つた。そして、南行車線を進行する車両等が一時途切れ、この時点で、同車線のうちの第二車線の前方約四四・七メートルの地点に普通乗用自動車が進行し、また同じく第一車線の前方約五二・七メートルの地点に原告車が進行してくるのを認めたが、その距離関係からこれらの車両よりも先に右折を完了することができるものと考えて右折を開始し、毎時約二〇キロメートルの速度で南行車線のうちの第一車線中央付近まで進行したところ、被告車の左側部に原告車の前部が衝突した。
3 一方、原告は、同日時ころ、原告車を運転して国道一六号線の南行車線を千葉市今井方面から本件交差点に向けて毎時約七〇キロメートルないし八〇キロメートルの速度で進行していたが、本件交差点に進入するにあたり、対面信号機が青色を表示していたので、特段減速することもなくそのままの速度で同交差点に進入したところ、前示のとおり、南行車線のうちの第一車線中央付近を右折進行中の被告車と衝突し、本件傷害を受けるに至つた。
なお、原告車は本件事故により破損し、いわゆる全損状態となつた。
二 そこで請求原因2(被告らの責任)の事実について判断する。
1 被告信夫が被告車を所有し、これを自己のために運行の用に供していた者であることは当事者間に争いがないから、同被告は、自賠法三条本文に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害のうちの人的損害を賠償すべき義務がある。
2 被告カツ子は、前示のとおり、本件交差点において右折しようとしたものであるが、このような場合、車両等の運転者としては、当該交差点において直進しようとする車両等の進行妨害をしてはならない注意義務を負つているものというべきである(道路交通法三七条)。しかるに同被告は、これを怠り、本件交差点を右折するにあたつて、反対方向から直進してくる原告車を認めながら、これよりも先に右折を完了できるものと軽信して、漫然と右折進行した過失により本件事故を惹起させたものであるから、民法七〇九条に基づき、原告が本件事故により被つた後記損害を賠償すべき義務がある。
三 進んで請求原因3(一)(治療経過及び後遺障害)の主張について検討することとする。
1 いずれも成立に争いのない甲第四六、四七号証、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第二ないし第六号証の各一、同第七ないし第一〇号証、乙第一ないし第五号証及び証人田中幸子の証言並びに原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
(一) 原告は、本件事故後直ちに救急車で千葉脳神経外科病院に搬送されたが、高度の治療を要するため同病院では応急処置を受けただけで千葉県救急医療センターに転院となり、その後、同センター、千葉労災病院及び国立療養所箱根病院でその主張のとおり入通院して治療を受けた。
(二) 原告は、本件傷害について右のとおりの治療を受けたが、平成元年一月二六日症状固定の診断を受け、次のとおりの症状を残した。
(1) 神経障害
ほぼみぞおちから下の部分の躯幹及び両下肢の知覚・運動が完全に麻痺しており、右の部分に時折痙攣が起こる。
(2) 膀胱直腸障害
高度の排尿困難で導尿を必要とする。
(3) 脊柱の障害
ア 第六胸推脱臼骨折
イ 運動障害
胸腰椎部の運動可能領域が、前屈につき三〇度、後屈につき〇度、右屈及び左屈につき各一五度にそれぞれ制限されている。
(4) 下肢の関節機能障害
ア 股関節
股関節の自動運動は両下肢とも全く不能であり、他動運動によつても、その運動可能領域は、伸展につき一〇度(両下肢とも同じ、以下内旋まで同じ)、屈曲につき一二五度、内転につき一〇度、外転につき四〇度、内旋につき三〇度、外旋につき右股関節が二五度、左股関節が三〇度にそれぞれ制限されている。
イ 膝関節
膝関節の自動運動は両下肢とも全く不能であり、他動運動によつても、その運動可能領域は、両下肢とも、伸展につき〇度、屈曲につき一五〇度にそれぞれ制限されている。
ウ 足関節
足関節の自動運動は両下肢とも全く不能であり、他動運動によつても、その運動可能領域は、両下肢とも、背屈につき一五度、底屈につき四〇度にそれぞれ制限されている。
(三) 原告は、日常生活において、食事の摂取や衣服の着脱など主に上肢を使用する動作については、概ね一人で普通に行うことができるが、下肢を使用する動作については、<1>歩行(独歩はもとより、松葉杖による歩行も含む。)ができず、立位保持もできない、<2>階段の昇降ができない、<3>敷居をまたいだり、三〇センチメートルの幅の溝を渡ることができない、<4>しやがむことができず、和式便所を使用することができない、<5>バスや自転車に乗ることができない、<6>床上に腰を下ろす、一〇センチメートルの高さの台に上がる、床上の物を拾い上げる、洋式便所を使用する等の動作は、通常人と同じようにはできず、どうにかできる程度にすぎない、などの支障を来している。
(四) 原告は、本件後遺障害について、平成二年五月二四日、自動車保険料率算定会千葉調査事務所により、自賠法施行令等級表の一級三号に該当する旨の認定を受けた。
2 右に認定した事実によれば、原告の本件後遺障害は、自賠法施行令等級表の一級に該当するものというべきである。
四 そこで原告の損害額について判断する。
1 治療費 一八四万二一三五円
前示のとおり、原告は、本件傷害について千葉脳神経外科病院、千葉県救急医療センター、千葉労災病院及び国立療養所箱根病院でそれぞれ治療を受けたが、いずれも原本の存在及び成立に争いのない甲第二ないし第六号証の各二によれば、右治療に要した費用は一八四万二一三五円と認めることができ、この金額は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。
2 入院雑費 四三万五〇〇〇円
前示のとおり、原告は、本件傷害の治療のため合計四三五日間の入院を要したところ、弁論の全趣旨によれば、原告は、右入院期間中相当額の雑費の支出を余儀なくされたものと推認することができ、本件傷害の内容・程度に照らすと、右雑費は、日額一〇〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係のある損害と認めるのが相当であるから、四三五日間では四三万五〇〇〇円となる。
3 通院及び転院費用 一万六三六〇円
前示のとおり、原告は、昭和六四年一月五日に国立療養所箱根病院に一日通院し、また、平成元年二月七日に千葉労災病院を退院して国立療養所箱根病院に転院したが、弁論の全趣旨によれば、原告は、これらの通院及び転院の際の交通費として、その主張のとおり合計一万六三六〇円の支払を要したことが認められ、この金額は、本件事故と相当因果関係のある損害と認めることができる。
4 近親者通院費用 〇円
原告は、千葉県救急医療センター及び千葉労災病院に入院していた昭和六三年二月二〇日から平成元年二月七日までと、国立療養所箱根病院に入院していた同年二月八日から同年四月二九日までの各期間について、それぞれ家族の者が通院する必要があつたと主張するが、これを認めるに足りる証拠はない。
5 症状固定後の付添介護費 一二九九万九九八六円
前示のとおり、原告は、本件後遺障害を残したため、日常の起居動作にも重大な支障を来し、終生車いすによる生活を余儀なくされたものであるが、本件後遺障害の内容・程度に照らせば、原告は、国立療養所箱根病院を退院した日の翌日である平成元年四月三〇日から、右時点における平均余命年数である五五・七九年間(平成元年簡易生命表による男子二一歳の平均余命)にわたつて常時介護を必要とする状態にあるものと認められ、これに要する費用としては、日額二〇〇〇円の限度で本件事故と相当因果関係があるものと認めるのが相当である。
原告は、家族による介護のほか、職業付添人による介護も必要であるとして、これらに要する総費用を請求するが、本件後遺障害の内容・程度は前示認定のとおりであつて、自賠法施行令等級表の一級に該当するとはいえ、なお原告一人で行うことが可能な動作も少なくなく、一級の後遺障害としては比較的軽度な範疇に属するものと認められるから、原告主張の両親が共に外に出て稼働しているといつた事情を考慮に入れても、付添介護費として被告らに賠償を求めうるのは、右の限度にとどまるものというべきである。
したがつて、右金額を基礎に、ライプニツツ方式により中間利息を控除して将来の付添介護費の本件事故時における現在価額を算定すると、その額は次のとおり一二九九万九九八六円となる。
2,000×365×(18.7605-0.9523)=12,999,986
6 家屋改造費 三〇〇万円
前示のとおり、原告は、本件後遺障害を残したことにより、日常の起居動作にも重大な支障を来し、終生車いすによる生活を余儀なくされたものであるところ、いずれも成立に争いのない甲第四八、四九号証、いずれも証人田中幸子の証言により成立が認められる甲第四二ないし第四四号証、いずれも原本の存在に争いがなく、同証言により原本の成立が認められる甲第一三ないし第一五号証、同第一六号証の一、二、同第一七、一八号証、同証言により田中信夫が本件事故前の原告宅の状況を撮影した写真であると認められる甲第五〇号証及び同証言を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
本件事故当時の原告の居宅は、昭和四四年八月に建築された平屋建建物で、台所、浴室、便所、六畳の和室三間、四・五畳の洋室一間のほか、これらを接続する廊下からなつていたが、原告が車いすによる生活を強いられることとなつて、便所や浴室の使用が不可能となつただけでなく、廊下が狭いことや各室の入口に段差やドアがあることから車いすでは通行できない部分が生じたため、一級建築士の意見に基づいて、建物自体を新築しなおすこととなつた。新築後の建物は、木造二階建で、一階(床面積七七・四二平方メートル)には、台所、食堂、浴室、便所、洗面所、六畳の和室一間、六畳と八畳の洋室各一間のほか、これらを接続する廊下があり、二階(床面積三一・四六平方メートル)には、便所、六畳の和室二間のほか、これらを接続する廊下があるが、原告は、一階の洋室二間を主に使用している。右新築工事に要した費用は、総額一七三〇万二四〇〇円であつた。
右に認定した事実によれば、原告は、日常生活における支障を少なくするために、居宅の改造工事を行わざるをえず、建替え新築工事の費用として、総額一七三〇万二四〇〇円の支払を要したことが認められるが、このうち本件事故と相当因果関係のある損害として被告らに対して賠償を求めうる額は、三〇〇万円と認めるのが相当である。
7 休業損害 一九〇万〇六六五円
前掲甲第四七号証、原本の存在及び成立に争いのない同第一二号証及び原告本人尋問の結果を総合すれば、次の事実を認めることができ、他にこの認定を覆すに足りる証拠はない。
原告は、昭和四二年一〇月二日生まれの男子で、本件事故当時、千葉県立千葉高等学校の定時制三年に在学しており、午後五時三〇分から午後九時まで同校で勉学に励む傍ら、昼間は有限会社津田屋商店の経営するガソリンスタンドでほぼ毎日稼働し、本件事故前の三か月間に合計四二万二四〇〇円の給与の支払を受けていたが、本件事故に遭遇して本件傷害を受けたため、本件事故の翌日である昭和六三年二月二一日から同校を卒業する予定の平成元年三月三一日まで全く稼働することができず、右給与の支払を受けることができなかつた。
右認定の事実によれば、原告は、本件事故に遭遇して本件傷害を受けることがなければ、有限会社津田屋商店の経営するガソリンスタンドで稼働し、少なくとも一日あたり四六九三円の給与の支払を受けることができたものと認められるから、昭和六三年二月二一日から平成元年三月三一日まで(四〇五日間)の休業損害は、一九〇万〇六六五円となる。
8 本件後遺障害による逸失利益 七七五一万九七五一円
前示のとおり、原告の本件後遺障害は、自賠法施行令等級表の一級に該当するものというべきであるが、その内容・程度に照らせば、原告は、本件後遺障害によりその労働能力を一〇〇パーセント喪失したものと認めるのが相当である。そして、原告は、本件事故に遭遇することがなければ、高等学校を卒業してから六七歳に至るまでの四六年間にわたつて、賃金センサス平成元年第一巻第一表・産業計・企業規模計・男子労働者・高等学校卒・全年齢の平均賃金額である四五五万二三〇〇円を下らない年収を得ることができたものと推認されるから、右金額を基礎に、ライプニツツ方式により中間利息を控除して本件後遺障害による原告の逸失利益の本件事故時における現在価額を算定すると、その額は次のとおり七七五一万九七五一円となる。
4,552,300×100/100×(17.9810-0.9523)=77,519,751
9 慰藉料 一八〇〇万円
本件傷害の内容・程度、本件後遺障害の内容・程度等、本件に顕れた一切の事情を斟酌すれば、原告が本件事故により被つた精神的苦痛を慰藉するためには、一八〇〇万円の支払をもつてするのが相当である。
10 物損 二〇万五〇〇〇円
前示のとおり、原告車は本件事故により破損し、いわゆる全損状態となつたところ、原本の存在及び成立に争いのない甲第一九号証によれば、本件事故による原告の物損は、本件事故時の原告車の価額二〇万円に牽引費用一万円を加算した二一万円から、原告車のスクラツプ代五〇〇〇円を控除した二〇万五〇〇〇円と認めることができる。
11 過失相殺について
一項で認定した本件事故の態様によれば、原告は、原告車を運転して国道一六号線の南行車線を千葉市今井方面から本件交差点に向けて毎時約七〇キロメートルないし八〇キロメートルの速度で進行し、同交差点を直進しようとしたものであるが、原告が同交差点の手前約五〇メートルの地点に差しかかつた時には、既に被告車が右折を開始していたのであるから、このような場合、原告車を運転する原告としても、被告車の動静に注意した上で、ハンドル、ブレーキを適切に操作し適宜減速する等の措置を講ずべき注意義務を負つていたものというべきである。しかるに原告は、これを怠り、本件交差点に進入するにあたり、被告車の動静に注意することなく、制限速度をはるかに超過する前示速度で進行した過失により、南行車線のうちの第一車線中央付近を右折進行中の被告車と衝突して本件事故に至つたものである。
したがつて、本件事故は、被告カツ子と原告の各過失が競合して発生したものというべきであるが、双方の過失を対比し、原告の損害賠償の額を算定するにあたつては、原告の右過失を斟酌して前記損害額から三割を減額するのが相当である。
そうすると、被告信夫が原告に対して賠償すべき額は八〇九九万九七二七円となり、被告カツ子が原告に対して賠償すべき額は八一一四万三二二七円となる(いずれも一円未満切捨て)。
12 損害の填補 二六八六万八四五五円
原告が、本件事故による人的損害の一部として、被告らから二六八六万八四五五円の支払を受けたことは当事者間に争いがないから、右金額は原告の前記人的損害額(1ないし9の合計額)に対する填補に充てられるべきである。
したがつて、右金額を前記人的損害額から控除すると、原告が被告信夫に対して賠償を求めうる額は五四一三万一二七二円となり、被告カツ子に対して賠償を求めうる額は五四二七万四七七二円となる。
13 弁護士費用 五〇〇万円
弁論の全趣旨によれば、原告は、本件訴訟を原告訴訟代理人に委任し、相当額の費用及び報酬の支払を約しているものと認められるが、本件事案の性質、審理の経過、認容額等に照らし、原告が本件事故による損害として被告らに対して賠償を求めうる額は、五〇〇万円と認めるのが相当である。
五 以上の次第で、原告の本訴請求は、(一)被告信夫に対し、被告カツ子と連帯して、五九一三万一二七二円及びこれから弁護士費用相当額を控除した内金五四一三万一二七二円に対する本件事故の日である昭和六三年二月二〇日から支払ずみまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求め、(二)また、被告カツ子に対し、右金額の限度で被告信夫と連帯して、五九二七万四七七二円及びこれから弁護士費用相当額を控除した内金五四二七万四七七二円に対する同じく昭和六三年二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限度でそれぞれ理由があるから認容し、その余はいずれも失当であるから棄却し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 石原稚也)